寅さんの商い(啖呵売)


バナナの叩き売り

   バナナの叩き売りの発祥の地は、九州の門司だ そうです。神戸に行くはずのものが、熟れすぎて売り物にならないという ので、門司におろし、そこで叩き売りしたのが発祥。  ♪ さあ 買うた、さあ買うた、バナちゃんの因縁聞かそうか。    私の生まれは台湾で、親子もろとももぎとられ、    かごに詰められ船に乗り、金波銀波の波越えて、    着いたところが門司港。さあ いくらで売ったろか。

口 上

    さあ、このバナナ買ってくれるかな。今日はひとつおまけをつけ  ちゃおう。安い高いを言っちゃあいけないよ。売るのは俺だ買うのは そっちだ、いいところに来た、買ったの一声だよ。     よくいるんだ、「早く売れ、早く売れ」ってね、そんな野暮なこと 言っちゃあだめだよ。売るのはこっちだからね、さあいいところへ来た。 さ、手を挙げてくれ。よしきた。 じゃ、このバナナのね、一房いこう。 一房の上にもう一房、これおまけだ。いい数だね。 一は万物の始まり、泥棒の始りが石川五右衛門、博打の始りが熊坂長範。 相撲の始まりが野見宿彌のみのすくね。これじゃ気にいらねえ? ああ、もっと負けろ? よっしゃ、そうなったらこっちも意地だよ。 じゃあ、負けちゃおうじょねえか。さあ、もうひとつ負けよう。 おまけが二つだ。     憎まれっ子世にはびこる。仁木弾正にっきだんじょう悪いやつ、 日光けっこう東照宮。西は西京、東は東京。なんだ笑ってやんな。 あんたのその目がやだね。俺の方わじっとじーっと見て、なんかもの を訴えてんね。     よしきた。もっと負けろときた。よぉーし、貧乏人の面当てだ。 よしもうひとつ負けちゃおうじゃないか。さあ、おまけがみっつだ。 三十三は女の大厄、産で死んだか三島のおせん、三三六法引くべからず、 それを引くのが男の度胸で女は愛嬌、坊主はお経でつけものぁらっきょう。         まだ見てな、おりやあ、よしきた。こうなったら意地になっちやおうじや ないか、さあおまけがよっつだ。いい数だと言いたいけれど「し」という のはあんまりいい数じゃない。なぜかというと、     「死につく」っていうからね。ものはついでだ、もう一つ負けちゃおう じゃないか。さあおまけが五つだ。コリャいい数だねえ。     後藤又兵衛、槍で嫁いだ五万石。五万石でも岡崎様は城の下まで 船が着く。城は城でも名古屋の城は、金のしゃちほこ雨ざらし、 よおし気にいったのは一人だけ。大きな声で。こんなに買う馬鹿いないよ。 これでどうだい、これ安いと思う?     さーあ、安くしょうじやねえか。しまいにゃただになると思ってやがる。 さあ、一人だけ「買った」の大声出してくれ。 100円。はい、よしきた、今のいい声だね、「買った」の一声がいい声だ。 よしきた、銭はいらない、これもってけ、ただでやるから、どうだい。 うれしがってちやいけないよ。みなさんね、今なぜただでやったか 知ってるかい? ありゃね、人間の食うバナナじゃねえんだよ。 さ、今度、人間の食うバナナやろうじょねえか。 あぁ怒っちゃいけない怒っちゃいけない。今冗談言ったんじゃねえから。      さ、もう一人、100円で買ってかないか? ダンナどうだい? 買う?  え? 注文がある? これ100円でいいからよ、 円玉で100円くれ。どうだ、ないだろう? ざまあみやがれ。     とまあこんな具合でした。 〜宮田章司著 江戸売り声百景 岩波書店より〜
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